白仁田寛和の出身高校

白仁田寛和 プロ野球選手

白仁田寛和卒業高校
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性別
男性
生年月日
1985年10月2日生まれ

白仁田 寛和(しらにた ひろかず、1985年10月2日 - )は、オリックス・バファローズに所属する福岡県糸島郡志摩町(現在の糸島市)出身のプロ野球選手(投手)。

可也小4年で捕手として野球を始め、志摩中2年時に投手に転向。糸島高ではドラフト候補にも挙がったが、肘を痛めプロ入りを見送った。高校時代の同級生に元AKB48の篠田麻里子がいる。

福岡大学スポーツ科学部スポーツ科学科への進学後は、同学野球部に所属し、九州六大学リーグで通算18勝、通算防御率1.81を記録した。しかし、4年時の秋は「右肩肩峰下滑液胞炎」というケガのため登板できず、リハビリの日々を送った。後に阪神でチームメートになった榎田大樹は、大学の1年後輩に当たる。

2007年の大学・社会人ドラフト会議で、阪神タイガースから1巡目に指名。当初は大場翔太を指名したが、他球団との指名が重複した末に抽選で交渉権を獲得できなかったことから、「長身の即戦力投手」として評価していた白仁田の指名に至った。なお、入団当初の背番号は47。入団決定後には、年末年始に阪神電気鉄道・阪急電鉄の駅構内へ掲示される西宮神社への初詣PRポスターで、モデルとして着物姿を披露している。

2008年から2010年までは、一軍公式戦への登板機会がなかった。

2009年には、ウエスタン・リーグ公式戦4試合に登板。1勝1敗、防御率16.62という成績にとどまった。シーズン終盤から参加したみやざきフェニックス・リーグでは、10月15日の対埼玉西武ライオンズ戦に先発で登板。9回を7被安打3失点という内容で完投勝利を挙げた。

2010年には、7月18日に福岡ソフトバンクホークスとのウエスタン・リーグ公式戦で、登板中に打球が頭部を直撃。その影響で、8月18日までは、実戦を離れてリハビリに専念した。結局、同リーグの公式戦には10試合に登板。1勝4敗、防御率5.73という内容でシーズンを終えた。

2011年には、10月23日の対広島東洋カープ戦(マツダスタジアム)に、3番手投手として一軍デビュー。1回を投げて無失点に抑えた。また、ウエスタン・リーグ公式戦には10試合に登板。3勝2敗、防御率5.93という成績を残した。

2012年には、ウエスタン・リーグ公式戦29試合の登板で、防御率2.64を記録。9月21日にシーズン初の出場選手登録を果たすと、シーズン終了まで一軍にとどまったが、公式戦には2試合のみの登板に終わった。なお、シーズン終了後の12月には、オーストラリアのウィンターリーグに参加。通算8試合の登板で、13イニングを投げて防御率2.77を記録した。

2013年には、6月中旬にシーズン初の出場選手登録を果たしたが、登板機会のないまま7月初旬に登録を抹消。抹消後には、ウエスタン・リーグ公式戦にもっぱら先発投手として登板していた。同リーグの公式戦へ登板する予定だった9月3日に、一軍の横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)での先発を予定していたジェイソン・スタンリッジが腰痛を訴えて戦線を離脱したため、スタンリッジの代役として急遽再登録。この試合で一軍での先発デビューを果たすと、6回を1失点に抑えてプロ初勝利を挙げたを挙げたが、一軍公式戦への登板は2試合にとどまった。その一方で、ウエスタン・リーグでは、公式戦19試合の登板で5勝2敗を記録。シーズン終了後には、同リーグの防御率1位 (2.17) および勝率1位 (.714) のタイトルを獲得するとともに、球団から2013年度のファーム年間MVPに選ばれた。

2014年には、春季キャンプで主力選手中心の沖縄組に抜擢されたが、参加中の2月8日に右手中指を負傷。レギュラーシーズンでは、ウエスタン・リーグ公式戦17試合の登板で3勝2敗、防御率5.24という成績を残したが、一軍公式戦への登板機会はなかった。

2014年11月7日に、桑原謙太朗とのトレードでオリックス・バファローズへ移籍することが決定。同月10日にNPBから公示された。背番号は49。

2015年には、プロ入り後初めて、開幕を一軍で迎えた。ビハインドの場面を中心に、救援投手として登板機会を重ねると、9試合目の登板になった5月13日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(京セラドーム大阪)で移籍後初勝利を挙げた。シーズン終盤に左大腿部の肉離れで戦線を離脱したが、一軍公式戦全体では、プロ入り後最多の43試合に登板。一軍の救援陣に故障者が続出したチーム事情を背景に、オール救援で2勝2敗2ホールド、防御率3.29という成績を残した。シーズン終了後の12月7日には、推定年俸1,650万円(前年から900万円増)で契約を更改するとともに、阪神時代の2009年から交際していた一般女性と3月3日に結婚したことを公表している。

189 cmの長身から繰り出す140 km/h台後半の直球のほか、スライダー、フォークボールも投げる。一方で制球にばらつきがあるのが課題。もっとも、阪神最終年の2014年には、春季キャンプで原因不明の右腕痛を発症。一時は、直球の球速が130km/h台にまで低下した。

2014年のシーズン終了後にオリックスが白仁田を獲得した背景には、阪神時代の前年にウエスタン・リーグで2つのタイトルを獲得した(前述)ほどの潜在能力を評価したことに加えて、オリックスのエース・金子千尋が海外FA権の行使によって他球団へ移籍した場合に備えて先発要員の補強を図っていたことによる。しかし、金子は国内FA権の行使を宣言したうえで、3年以上の複数年契約でオリックスに残留。白仁田も、移籍1年目の2015年には先発登板の機会がなかった。

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