有田修三の出身高校

有田修三 プロ野球選手

有田修三卒業高校
宇部商業高校 偏差値 山口県高校偏差値ランキング
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2992位 / 4783人中 プロ野球選手別偏差値ランキング
性別
男性
生年月日
1951年9月27日生まれ

有田 修三(ありた しゅうぞう, 1951年9月27日 - )は、昭和後期から平成期(1970年代後半~1990年代前半)のプロ野球選手(捕手)。山口県出身。右投げ右打ち。山口県立宇部商業高等学校 宇部商高時代の1969年に夏の甲子園に出場。新日鉄八幡を経て1972年のドラフト会議で大阪近鉄バファローズ 近鉄バファローズから2位で指名され翌1973年入団。2年目の1974年から1軍に定着。エース鈴木啓示とのコンビが有名で温厚なリードの梨田昌孝に対し、内角主体の強気なリードで鈴木の持ち味を引き出す。どんなに調子が悪くても、鈴木の登板試合には必ず有田が起用された。また、有田と梨田は「ありなしコンビ」と呼ばれ、この「ありなしコンビ」の成功により、複数の捕手を使い分けるといった戦術が近鉄が消滅する2004年まで続くことになる。捕手であったが打撃成績が良く、一時はバッティングに専念するため一塁手に転向するという話も出た。1985年シーズン途中に鈴木が引退し、光山英和や山下和彦といった若手捕手が台頭したため出場機会が激減した。

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