大隅良典の出身高校

大隅良典 学者

大隅良典卒業高校
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757位 / 1027人中 学者別偏差値ランキング
性別
男性
生年月日
1945年2月9日生まれ

大隅 良典(おおすみ よしのり、1945年2月9日 - )は、日本の生物学者(分子細胞生物学)。学位は理学博士(東京大学・1974年)。総合研究大学院大学名誉教授、基礎生物学研究所名誉教授、東京工業大学フロンティア研究機構特任教授。

基礎生物学研究所教授、総合研究大学院大学生命科学研究科教授などを歴任した。

太平洋戦争末期の1945年2月、福岡県福岡市にて生まれた。父は九州大学の工学部で教授を務めており、四人兄弟の末子として生まれた。幼いころから、兄に贈られた自然科学の本に親しんだ。特に八杉龍一の『生きものの歴史』、マイケル・ファラデーの『ろうそくの科学』、三宅泰雄の『空気の発見』などに心を動かされ、科学に興味を持った。

その後、上京し、東京大学の理科二類に進学した。当初は理学部で化学を学ぼうと考えていたが、教養学部に新設された基礎科学科に興味を持ち、そちらに進む。基礎科学科の同級生には、神原秀記や渡辺公綱らがいた。1967年に東京大学を卒業し、学士の称号を取得した。そのまま東京大学の大学院に進学し、理学系研究科にて学んだ。蛋白質の生合成についての研究に魅力を感じ、今堀和友の下で指導を受けた。なお、博士課程においては、京都大学の大学院でも内地留学して学んでいる。1972年に、東京大学の大学院を単位取得満期退学した。その後、1974年東京大学より理学博士の学位を取得した。論文の題は「コリシンE3の作用機作に関する研究 」。

恩師である今堀和友の紹介でジェラルド・モーリス・エデルマンの研究室に留学することになり、アメリカ合衆国に渡り、ロックフェラー大学の博士研究員となった。そのころのエーデルマンは、従来研究していた免疫学を離れ発生生物学に取り組み始めていたため、大隅も試験管内での受精系の確立の研究に従事した。

東京大学理学部の安楽泰宏に声をかけられたのをきっかけに、日本に帰国した。1977年より1986年にかけて、東京大学の理学部にて助手を務めた。1986年には東京大学の理学部にて講師に昇任し、1988年まで務めた。同年に東京大学の教養学部に転じ、助教授に就任した。1996年、岡崎国立共同研究機構が設置する基礎生物学研究所に転じ、教授に就任した。また、2004年からは、総合研究大学院大学にて生命科学研究科の教授も兼任した。2009年、基礎生物学研究所と総合研究大学院大学の教授を退任することとなり、それぞれ名誉教授の称号が贈られた。同年、東京工業大学にて、統合研究院の特任教授に就任した。現在は、東京工業大学のフロンティア研究機構にて特任教授を務めている。

専門は生物学であり、特に分子細胞生物学などの分野を研究している。オートファジーの分子メカニズムや生理学的な機能についての研究が知られている。その研究論文は他の研究者から多数引用されており、2013年にはトムソン・ロイター引用栄誉賞を受賞している。そのほか、藤原賞、日本植物学会学術賞、朝日賞などを受賞している。2006年、日本学士院は、大隅の業績について「一貫してオートファジーの分子機構の解明に正面から取り組んでおり、他の追随を全く許さない研究を続けている」と高く評価し、日本の学術賞としては最も権威ある日本学士院賞を授与している。2012年には、「生体の重要な素過程の細胞自食作用であるオートファジーに関してその分子メカニズムと生理的意義の解明に道を拓いたものとして高く評価される」として、ノーベル賞を補完する学術賞として知られる京都賞の基礎科学部門を受賞している。細胞が自らのタンパク質を分解し、再利用する「オートファジー」(自食作用)の仕組みを解明した功績が認められガードナー国際賞を受賞した。研究の先駆性から、ノーベル医学・生理学賞候補として名前が挙がっており、単独で受賞する可能性も高いと言われている。

学術団体としては、日本植物学会、日本植物生理学会、日本生化学会、日本分子細胞生物学会などに所属している。

トレードマークの髭はアメリカ合衆国に留学したころから伸ばし始めた。

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