中登志雄の出身高校

中登志雄 プロ野球選手

中登志雄卒業高校
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144位 / 4783人中 プロ野球選手別偏差値ランキング
性別
男性
生年月日
1936年4月28日生まれ

中 登志雄(なか としお、1936年4月28日 - )は、群馬県前橋市出身のプロ野球選手・プロ野球監督、野球解説者。ポジションは外野手(中堅手)。左投げ左打ち。登録名を頻繁に変えており、入団時は「利夫」、その後1964年に「三夫」、1965年に「暁生」、引退後は「登志雄」としている。監督時代は「利夫」。コーチ時代は「登志雄」。もしくは「利夫」。野球解説者としては本名の「利夫」の表記を使っている。群馬県立前橋高等学校では投手を務め、1955年に中日ドラゴンズに入団。俊足巧打の選手として活躍。1960年に最多盗塁 盗塁王を獲得し、高木守道とともに中日史上最強とも言われる1・2番を構成する。守備範囲が広く、1963年と1965年にシーズン350刺殺のセントラル・リーグ セ・リーグ記録をマーク。セーフティーバントを得意とし、1967年には王貞治、近藤和彦との打率争いでセーフティーバントを連続して成功させたことが功を奏して、首位打者を獲得。プロ初安打もセーフティーバントだった。1972年に引退。1973年から中日のコーチとなる。

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