世耕弘成の出身高校

世耕弘成 議員

世耕弘成卒業高校
大阪教育大学附属高校天王寺校舎 偏差値 大阪府高校偏差値ランキング
議員ランキング
104位 / 885人中 議員別偏差値ランキング
生年月日
1962年11月9日生まれ

世耕 弘成(せこう ひろしげ、1962年11月9日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(4期)、内閣官房副長官(第2次安倍内閣・第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣・第3次安倍改造内閣、政務担当・参議院)。学校法人近畿大学第4代理事長(前職)。

自民党政策調査会長代理、自民党参議院政策審議会長等を歴任。

大阪府大阪市天王寺区生まれ、和歌山県新宮市在住。父は学校法人近畿大学第3代理事長の世耕弘昭。祖父は元経済企画庁長官の世耕弘一、伯父は元自治大臣の世耕政隆。妻は民主党所属の参議院議員林久美子。

大阪教育大学教育学部附属高等学校天王寺校舎ではノーベル賞受賞者京都大学山中伸弥教授と同期。。早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業。1986年、日本電信電話(NTT)に入社。1990年よりNTTからの派遣でボストン大学コミュニケーション学部大学院へ留学し、1992年修了、企業広報論修士号を取得。帰国後、関西支社経理部経営管理担当課長、本社広報部報道部門報道担当課長を務める。

1998年11月、伯父・世耕政隆の死去に伴う参議院和歌山県選挙区の補欠選挙に自由民主党公認で出馬し、初当選。森派に入会した。2001年の第19回参議院議員通常選挙で再選。

参議院自民党副幹事長、同国会対策副委員長、自民党マルチメディア局長、同遊説局長等を歴任。2003年9月から2004年9月まで総務大臣政務官を務め、国会では主に総務委員会に所属。以降、参議院総務委員会理事、参議院自民党政策審議会副会長、自民党党改革実行本部事務局次長、同行政改革本部事務局次長、新憲法起草委員等を務める。学校法人近畿大学の副理事長にも就任。また和歌山県護国神社奉賛会の会長を務めている。

2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙で世耕弘成は、自民党広報本部長代理及び自民党幹事長補佐として自民党のメディア戦略を担当した。総選挙後の論座2005年11月号インタビュー「すべてセオリー通り、です。」では、民間の広告会社と協力しながらマスメディア対策を事細かに指揮していた、と述べている。党の「コミュニケーション戦略チーム」においては、広報戦略・IT戦略を担当し、ホームページ上で会員を募集した党の後援会「チーム世耕」(のちの自民党ネットサポーターズクラブ/J-NSC)を組織した。また、同年成立の障害者自立支援法の可決に大きな役割を果たす。

2006年9月26日、安倍内閣の内閣総理大臣補佐官として政権入り。各国首脳会談に随行し安倍をサポート。国内だけではなく、海外メディアの取材も積極的に受け、世界に向けた情報を発信する。また、安倍内閣の最重要プロジェクトである「『美しい国づくり』プロジェクト」を推進、各界有識者の意見を集約する。

参議院自民党の閣僚枠(参議院枠)や公認候補差し替えについて進言し、参議院に切り込めば小泉を超えると焚きつけたとされ、参議院幹事長の片山虎之助に叱責されたが、「政策マターは自分だがこの件は違う」と述べた。

また、首席内閣総理大臣秘書官の井上義行が、世耕ら首相補佐官の発言力拡大を警戒して安倍との面会をさせず、また安倍自身も世耕の進言を取り入れないなどの状況にあり、広報担当としての職務を満足に果たせない状況にあったとする報道もあった。しかし、安倍は文藝春秋2008年2月号の手記で「マスコミとの間に必要以上に緊張関係をつくり、良好なコミュニケーションを持つことができなかった」「広報担当補佐官には大変なご苦労を掛けた」と説明している。2007年8月27日発足の第1次安倍改造内閣では広報担当の補佐官自体を置いておらず、首相補佐官を退任した。

2007年の第21回参議院議員通常選挙で3選。首相補佐官を退任後は、ねじれ国会となった同年9月の臨時国会以降の議院運営委員会筆頭理事に就任し、野党の議院運営委員長の下、国会運営の円滑化に奔走した。

2009年、中川秀直らが進めた麻生おろしに加わり、若手議員を中心にした速やかな政策実現を求める有志議員の会を結成し代表世話人に就任。

2009年自由民主党総裁選挙では河野太郎の推薦人として名を連ねた。谷垣禎一陣営に圧倒的有利の状況下で、自身の後援会を総動員し、地元和歌山県に割り当てられた党員票4票のうち3票を河野支持に確保した。

2011年4月14日、ODA削減案に反対する超党派連合のメンバーとして名を連ねる。

2011年10月1日、父・弘昭の死去を受けて近畿大学の第4代理事長に就任した。

2012年7月7日号の週刊東洋経済にて、「(生活保護給付水準の)見直しに反対する人の根底にある考え方は、フルスペックの人権をすべて認めてほしいというものだ。つまり生活保護を受給していても、パチンコをやったり、お酒を頻繁に飲みに行くことは個人の自由だという。しかしわれわれは、税金で全額生活を見てもらっている以上、憲法上の権利は保障したうえで、一定の権利の制限があって仕方がないと考える。この根底にある考え方の違いが大きい。」と生活保護問題に対する見解を示している。

2012年10月5日、特別議員総会で、参議院自民党政策審議会長に就任した。併せて、自民党政策調査会長代理に就任した。同年12月26日発足の第2次安倍内閣では内閣官房副長官に就任。

2013年の第23回参議院議員通常選挙で4選。同年9月11日、民主党参議院議員の林久美子と再婚していたことが明らかにされた。

「自民党の“参謀”」と呼ばれていることについて、非常に誇りに思っていると述べている。一方、世論を操る人間と見なされることには嫌悪感を示し、特に、「自民党のゲッベルス」との評価があったことについては、「これは冗談じゃない。そんなつもりでやってないし、メディアをコントロールしたり操ったりできるなんて思っていませんから、あれは本当に嫌な評価でしたね」と述べている。

安倍晋三を深く尊敬し、日本を立て直せる唯一の人物としている。また、「(自由民主党総裁選挙に)安倍さんが出てくれるなら、参謀として粉骨砕身がんばりたいと思う。他の人で参謀をやる気はありません」と述べている。

2014年の第47回衆議院議員総選挙では安倍晋三首相だけでなく、菅義偉官房長官も衆院選応援演説に回って官邸を不在としているため、官房副長官である世耕が首相官邸の留守番役として官房長官に代わって記者会見等に応じた。

(単行本)

(雑誌掲載記事)

世耕弘成の関連人物

議員偏差値ランキング 職業から有名人の出身卒業高校を探す

議員偏差値ランキング

県別高校偏差値

関東

北関東

関西

北海道/東北

甲信越

東海/北陸

中国

四国

九州・沖縄

おすすめコンテンツ

全国高校偏差値ランキング
職業から有名人の出身高校を探す
有名人の名前から高校を探す

全国自治体別高校偏差値ランキング