かがみあきらの出身高校

かがみあきら 芸術家

かがみあきら卒業高校
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かがみ あきら(1957年10月22日 - 1984年8月9日)は、日本の漫画家。本名:鏡味 晃。「かがみ♪あきら」という表記も存在していたが、一般的には「かがみあきら」と表記する。他に「あぽ」および「山田栄子」というペンネームも使用していた。

1980年代前半に精力的に活動しコアな人気を得ていた漫画家であるが、若くして亡くなったこともあり、職業漫画家としての実働期間はわずか2年半足らずだった。

本名をかな表記した「かがみあきら」でSF系作品を発表する一方、“弟”というふれこみで別人を装って「あぽ」の筆名を併用しつつ、『漫画ブリッコ』『プチアップルパイ』等の雑誌でも活躍、当時の「美少女・ロリコン漫画」ブームの中で異彩を放つ作品を執筆していた。ただし、どちらの名義においても、現在で言う成人向け漫画に相当する作品は発表していない。

漫画化として一本立ちする前には石森プロに籍を置いたことがあり、スタジオぬえでメカデザインも担当。出渕裕、ゆうきまさみ、美樹本晴彦などとも親交があった。単行本「さよならカーマイン」に掲載された解説によれば、『超時空要塞マクロス』や日本サンライズのアニメ作品などに携わっている。また掲載のインタビュー記事では富野由悠季が、かがみあきらを評価していた旨の発言を行っている。

1984年8月9日頃に急逝した。『漫画ブリッコ』1984年10月号に大塚英志編集長の追悼コメントが掲載されており、これによれば、高田馬場のマンションの自室で死後2日程過ぎて発見されたとあり、つまりは現在で言うところの孤独死である。このこともあって死因には諸説があり、やって来る仕事をほとんど断らなかった事が仇となっての過労死とも、眠気覚ましのためにシャワーを浴びたが身体を拭かずに冷房を掛けたままの部屋で居眠りしてしまった事が原因での凍死とも言われるが、いずれにしてもオーバーワークの状態で体調を崩していたとされる。あぽ名義の日記漫画「月刊あぽすとろふぃ」最終回においても、「仕事が無いと不安なのでつい入れてしまう」と記している。26歳の若さでの夭逝であった。なお6月30日の時点で体調の悪さを友人で作家の佐野邦彦に伝えていた

ビデオやオーディオ機器に強い興味を抱いていた。洋楽、特にロックなどに造詣が深く、Yesのファンでもあった。そのため、後期の作品群にはキャラクターの衣服や背景の一部などに「Yes Lonely heart」の書き込みがなされていた。『はいぱぁ あくてぃぶ』第2回の扉絵は「究極」のジャケットが元になっている。他、『レディ・キッド&ベヴィボウイ』の主人公・ボウイの自称がデヴィッドだったりと(つまり併せて「デヴィッド・ボウイ」)、洋楽ネタが散見している。夭逝を報じた『漫画ブリッコ』1984年10月号に掲載されたエッセイ漫画『月刊あぽすとろふぃ』でも、多忙の中でハワード・ジョーンズのコンサートを観覧したことが描かれている。

また当時、ゆうきや出渕裕らと同様に原田知世のファンでもあった。

2011年現在、かがみあきら(あぽ)の単行本は、角川書店刊「ワインカラー物語―かがみあきら選集」(ISBN 978-4048538213)を除き、絶版・入手困難となっている。以下は主な作品の参考リスト。

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