高木京介の出身高校

出身高校
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プロ野球選手
ランキング
414位/4489人中(プロ野球選手)
性別
男性
生年月日
1989年9月5日生まれ
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高木 京介(たかぎ きょうすけ、1989年9月5日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(投手)。

石川県能美市出身。小学校3年で野球を始め、厳格な父の下で野球漬けの生活を送る。

星稜高校時代は、同校の先輩である松井秀喜にあやかり「ゴジラ2世」と呼ばれ、1年時の秋からエースで4番となる。2年時の夏は、石川県予選準決勝で敗退。秋の北信越大会でも準決勝でサヨナラ負け。3年時の夏に、自身初となる甲子園に出場。初戦の長崎日大高校戦では、主軸として4打数4安打をマークするも、投手としては7回途中降板。チームも1-3で敗退した。当時のチームメイトには後に楽天に入団した島内宏明がいる。

高校卒業後は東都大学野球連盟に加盟する國學院大學に進学し、硬式野球部に入部。1年次の秋のリーグ戦から投手に専念する。2年次の春から3季連続で投手十傑入りし、エースとしてチームを牽引。3年次の秋には左肘痛により途中離脱したが、4年次の春に復帰した。1部リーグ通算39試合登板、9勝21敗、防御率2.21、154奪三振。2部リーグ通算4勝3敗。

2011年のプロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから4位指名を受け、契約金5000万円および年俸800万円で入団に合意した。背番号は「57」。

2012年は、新人ながらオープン戦で結果を残し、巨人の新人左腕としては門奈哲寛以来となる開幕一軍入りを果たした。左肩痛によって4月10日に登録を抹消されたが、6月16日に一軍に復帰した。7月7日の阪神タイガース戦(東京ドーム)でプロ初勝利を挙げると、中継ぎの一角に定着。さらに、7月4日の横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)から同年9月16日の阪神戦(東京ドーム)まで22戦連続無失点を記録し、2011年に久古健太郎が作ったセ・リーグ新人記録に並ぶ。そして、同年9月18日の中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)でも無失点を継続したことで新記録を樹立、最終的に29戦連続まで延ばし、30イニング以上投げた救援投手の中では両リーグトップとなる防御率0.57を記録した。クライマックスシリーズ・日本シリーズでも登板し、日本シリーズ優勝が決まった第6戦では日本シリーズ史上2人目となる2球での勝利投手となった(これは平成生まれの投手として、第一号の日本シリーズ勝利でもある)。オフには2013年から背番号が「28」になることが発表された。

2013年は、オープン戦で第3回WBCに巨人から先発投手が3人選ばれたこともあり先発として調整し、12回を投げて無失点と好投するが、開幕してからは中継ぎに戻った。開幕カードの広島東洋カープとの3連戦では3連投し、前年より続けていた連続無失点が31試合で途切れるも、この3連戦だけで2勝を上げた。セ・リーグで開幕3試合目までに2勝したのは1973年の松岡弘(ヤクルト)と平松政次(大洋)以来、40年ぶり。しかし、その後は集中打を浴びるケースも多く成績は前年に比べ悪化した。

2014年10月21日に、「日本プロ野球80周年記念試合」の阪神・巨人連合チームに選出された事が発表された。

2015年5月14日の広島東洋カープ戦で、逆転を許したマイルズ・マイコラスの後の二番手として中継ぎ登板。2イニングを抑えた後、自身の打順で代打が送られたことでプロ一軍戦初登板から117試合連続負け投手無しの日本プロ野球新記録を更新した(前任者は桟原将司が持っていた116試合)。

平均球速約142km/h、最速149km/hの速球に加え、スライダー・カーブ・フォークボールといった変化球とのコンビネーションと、通算与四球率2.87の制球力が武器である。とりわけカーブについては変化が激しく、2012年4月6日の阪神タイガース戦では、クレイグ・ブラゼルが思わず打席から逃げ出してしまう程に変化が激しいカーブを投げた(結果はストライクで見送り三振)。そのブラゼルは驚きを隠せない様子でベンチへ戻っていった。

ジミー大西に似ていることからチーム内での愛称は「ジミー」。

2014年度シーズンのオフに、高校時代の同級生との入籍を発表した。

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