足立原健二の出身高校

足立原健二 サッカー選手

足立原 健二(あだちはら けんじ、1984年11月8日 - )は、神奈川県相模原市出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード。

2000年、高校サッカーの名門・習志野高校に入学したが、翌年サッカー部監督の本田裕一郎が流通経済大学付属柏高校へ転任したため、同期の近藤祐介、船山祐二、深津康太、阿部嵩らと共に同校へ編入した。他の同級生には大谷秀和(サッカー部ではなく柏レイソルユース所属)がいる。

高校卒業後は流通経済大学に進学。4年次の2006年には関東大学サッカーリーグ戦1部で創部以来初の優勝を達成したが、難波宏明、池田圭、西弘則など後のJリーガーを数多く擁したチームの中で目立った活躍は出来なかった。

大学卒業後は福島県内の一般企業に就職したが、サッカーを続ける道を模索し、知人のつてを辿って当時東北2部南リーグに所属していたビアンコーネ福島に加入。迎えた2007年シーズンのリーグ戦で14試合出場25得点という大活躍を見せ、チームの優勝・東北1部リーグ昇格に大きく貢献すると共に、リーグ得点王のタイトルを獲得した。

同年末、アルビレックス新潟シンガポールとJAPANサッカーカレッジの合同トライアルに合格。2008年は北信越1部リーグのJAPANサッカーカレッジに所属したが、ブランクの影響もありレギュラーポジション獲得には至らなかった。

2009年、Sリーグのアルビレックス新潟シンガポールに移籍すると、開幕から得点を量産。チームトップの16得点を挙げ、シーズン途中の同年10月、インドネシア・スーパーリーグのボンタンFCに移籍した。移籍後に行われたSリーグアウォーズではベストイレブンにも選出された。

ボンタンFCでもエースストライカーとして活躍し、移籍後の2009-2010シーズンから2年連続で得点ランキング4位の15得点を記録。2010-2011シーズン終了後、ペルシバ・バリクパパンに引き抜かれた。

2011-2012シーズンもリーグ戦13得点を挙げ、2013年シーズンよりインドネシアの名門クラブ、ペルシブ・バンドンに移籍。2014年はペルシタ・タンゲランでプレーしたが、同シーズンオフにミャンマーのクラブに練習参加した際、左膝の前十字靭帯と半月板を損傷する大怪我を負い、前十字靭帯(ACL)再建手術を受けたことを自身のブログ上で報告した。

足立原健二の出身高校

足立原健二出身高校
流通経済大学付属柏高校 偏差値 千葉県高校偏差値ランキング
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917位 / 1982人中 サッカー選手別偏差値ランキング
性別
男性
生年月日
1984年11月8日生まれ

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