秋山翔吾の出身高校

秋山翔吾 プロ野球選手

秋山 翔吾(あきやま しょうご、1988年4月16日 - )は、埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手(外野手)。

日本プロ野球におけるシーズン歴代最多安打記録の保持者。

2歳から野球を始める。1995年の卒園文集には「やきゅうせんしゅになりたいです。いちろうみたいにひっとうちたいです。」と書いていた。横須賀市立大津小学校に入学した小学1年から「大津スネークス」に入部。コンマ1秒でも早く一塁へ到達するよう右投げ左打ちに変更。左打ちのフォームは父親から指導され、小学生時点で大津中学校の陸上部に入れて、中学生と一緒に陸上の練習をさせるなど厳しく育てられた。「湘南武山フェニックス」では投手、捕手、内野手、外野手として活躍し2000年卒団。小学校卒業文集のタイトルは「プロ野球選手を目指して」。横須賀市立大津中学校時代は横浜金沢シニアに所属していた。更に陸上部にも所属し、脚力を磨いた。

横浜創学館高では1年時からレギュラーとなるも、3年夏は県ベスト8で敗退し、甲子園出場は無し。全国的には無名であったもののドラフト候補にも名前が挙げられていた。同高の同期に北野洸貴(元東京ヤクルトスワローズ育成選手)がおり、2学年先輩には後にプロでもチームメイトとなる坂田遼がいた。その後、八戸大学へ進学する。大学では1年時の春からレギュラーとなり春秋連続でベストナインを受賞。4年時の春は4番に座り勝負強い打撃で打率.486、14打点を記録。優秀選手賞、首位打者、最多打点、ベストナインの4冠に輝いた。

2010年10月28日、プロ野球ドラフト会議にて埼玉西武ライオンズから3位指名を受け入団。背番号は「55」。

50メートル5秒9、一塁到達3.88秒の俊足と遠投110メートルの強肩を兼ね備える。特にスローイングは短い距離での精度には欠けるもののバックホームなどの長距離では力強さを見せ、西武外野陣で一番の強肩であると評価されている。

子供の頃に父親から野球を教わり清水隆行のフォームを真似していた。しかし小学6年の時に父親が病死。このような経験から、2015年シーズンから秋山は主催試合で一人親家庭を招待している。父親に教わった打撃フォームは2015年に改造した。

秋山翔吾の出身高校

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性別
男性
生年月日
1988年4月16日生まれ

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