町田公二郎の出身高校

町田公二郎

町田公二郎 プロ野球選手

町田 公二郎(まちだ こうじろう、1969年12月11日 - )は、高知県高知市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)、野球指導者。2013年より三菱重工広島硬式野球部のヘッドコーチ、2015年からは監督を務めている。

通算20本のセ・リーグ代打本塁打記録保持者(2013年現在)。1998年から2004年まで登録名を町田 康嗣郎としていた。

2歳上の兄・隆之の影響で野球を始め、同じ明徳義塾高校に進む。2年生の時にヒジを故障し、投手から野手に転向した。3年春の選抜大会では1回戦で三輪隆らを擁する関東一高と対戦し、敗れている。高校卒業後は隆之のいる専修大学に進学し、2年春の東都大学リーグ戦では外野手のレギュラーとして首位打者を獲得し、リーグ優勝に貢献して初のベストナインに選ばれた。また、隆之に続くリーグ史上初の兄弟首位打者でもあった。同年は日米大学野球の代表にも選ばれている。

3年春もリーグ戦でベストナインを受賞し、同年は日米大学野球と北京アジア大会の日本代表に選ばれている。4年春はリーグ戦でベストナイン、同年の日米大学野球では神宮球場で行われる第1、2戦のみの代表にそれぞれ選ばれた。翌年のバルセロナオリンピック代表の候補者としてドラフト対象外となるよう要請があったが、幼少期からの夢だったプロ野球になるべく早く行きたい、としてこれを断っている。東都大学リーグでは通算66試合出場、224打数65安打、打率.290、15本塁打、39打点の成績を残した。同学年の桧山進次郎をライバルとして、当時のリーグ歴代2位タイにあたる通算15本塁打を放った長打力を評価され、1991年のドラフト会議で若田部健一を抽選で外した広島東洋カープから1位指名を受けた。当時の球団史上最高額となる契約金8,000万円、年俸840万円(いずれも推定)で入団契約を結んでいる。

プロ1年目の1992年はキャンプでアキレス腱を痛めて出遅れ、5月には一軍に昇格したが、6月13日の対阪神戦で三本間に挟まれた際に捕手に右腕をスパイクされて10針を縫い、再び二軍へ戻った。7月17日にはジュニアオールスターゲームに出場し、3安打の活躍で優秀選手賞を受賞している。後半戦は7月26日の対大洋戦でプロ初本塁打を放つと、翌日は2本塁打5打点を記録するなどの活躍を見せ、7月28日の対ヤクルト戦では初めて4番打者として起用された。その後はマークも厳しくなり8試合で3打点などと伸び悩み、8月21日の対ヤクルト戦からは再び西田真二が4番になっている。同年は6本塁打を放ち、オフの契約更改では160万円増の年俸1,000万円(推定)となっている。

1993年は体の開きが早くなるクセのため4、5月は不調だったが、フォームの修正に取り組んで6月17日の対巨人戦では5打点を記録している。同年は主に左翼手として77試合に先発出場している。1995年は同年代の緒方孝市や浅井樹とレギュラーの座を争い、9月10日の対中日戦では初の代打満塁本塁打を放っている。同年は8本塁打、22打点の成績で800万円増の年俸2,300万円(推定)で契約を更改した。

1996年は右ひじ痛で二軍スタートとなったが、一軍に復帰すると4月21日の対ヤクルト戦で満塁本塁打を放っている。江藤智が負傷した9月にはプロ初の三塁手の守備にもついた。また同年は代打成績が飛躍的に向上し、8月23日から9月11日にかけては当時のリーグ新記録となる代打9打席連続出塁を達成し、リーグ歴代2位のシーズン代打打率.455の成績を残した。また、左投手に対して打率.347、9本塁打の成績を残し、左腕キラーと呼ばれた。

1997年は登録名を「公二郎」から「康嗣郎」に改め、レギュラー定着を目指してキャンプから内野守備に取り組み、二塁手や三塁手としても39試合に先発出場した。同年は初の二桁本塁打を記録し、700万円増の年俸4,000万円(推定)で契約を更改した。ルイス・ロペスの退団した1998年は浅井やティモニエル・ペレスと一塁手のレギュラーの座を争っている。同年は代打としてチーム最多の10打点を記録している。1999年は6月に江藤が負傷すると、金本知憲とともに代わりの4番を任されて活躍した。

2000年は緒方の負傷もあって右翼手として57試合に先発出場するなど、スタメンとしての起用が増えた。8月24日の対巨人戦で走塁の際に右足首を故障したこともあって規定打席には達しなかったものの、打率.281、ともに自己最高となる13本塁打、34打点をマークした。2001年は、5月10日の対巨人戦で打球を追ってフェンスに上がった際に落下し、右肩関節唇損傷を負った。10月11日の対ヤクルト戦で、藤井康雄と並ぶ日本タイ記録となる、通算4本目の代打満塁本塁打を前田浩継から放っている。

2002年は開幕から23打席無安打、うち三振が11とシーズン序盤は不調に苦しんだ。特打などの練習を行ない、打撃のタイミングを修正したことで復調し、6月7日の対阪神戦では偵察メンバーとして起用されていた鶴田泰の代打として登場し、トレイ・ムーアからリーグ通算3人目の初回先頭打者代打本塁打を放った。また、この本塁打が川又米利が持つセ・リーグ記録を更新する通算17本目の代打本塁打となっている。同年にフリーエージェントの権利を獲得したが、行使せずに残留して現状維持の年俸4,500万円(推定)で契約を更改した。2003年は8月22日の対中日戦でファウルボールを打った際に右外腹斜筋に挫傷を負い、全治2週間となっている。2004年シーズン終了後にトレード要員となり、八木裕の引退により右の代打が手薄となった阪神タイガースへ金銭トレードで移籍した。移籍に伴い登録名を再び「公二郎」に戻している。

2005年は故障の影響で出場機会は限られたものの、球団は2年ぶりにリーグ優勝している。2006年は開幕を一軍で迎えたが出番のないまま登録を抹消され、腰痛のため二軍での調整が続いた。しかし7月2日のサーパスとの試合で代打サヨナラ本塁打を放って一軍に復帰すると、7月4日の対中日戦で小笠原孝から阪神移籍後第1号となる本塁打を放ち、これがNPB歴代2位タイの通算20本目の代打本塁打となっている。シーズン終盤に片岡篤史とともに戦力外通告を受けた。一時は現役続行も検討したものの、持病の首痛が悪化していたこともあり引退を表明した。

2007年より阪神の二軍打撃コーチに就任した。引退会見の際に、好かれるコーチではなく将来一緒にいて良かったと思えるようなコーチを目指す、と語っている。

2010年10月に阪神のコーチを辞任し、広島東洋カープの一軍打撃コーチに就任して同月の秋季キャンプからチームに合流した。2012年は、チーム打率がリーグ5位に終わったこともあり、10月16日に球団から来季の契約を結ばないことが発表された。

その後2013年1月から社会人野球の三菱重工広島硬式野球部のヘッドコーチに就任。同年社会人野球日本選手権大会では39年ぶりの4強入りに貢献、2014年11月25日に翌シーズンから監督に昇格することが発表された。2015年はチームを4年ぶりの都市対抗野球大会出場に導き、監督として初勝利を挙げ、チームをベスト4に進出させた。

広島時代は左打者の浅井樹とともに代打の切り札として活躍した。特に1996年には2人とも代打での打率が4割を超えている。通算代打成績は397打数、90安打、20本塁打(2012年現在、プロ野球史上2位)[49]、71打点(2012年現在、セ・リーグ史上12位)、打率.227。1995年までの4年間は代打成績が打率.167、1本塁打、9打点とむしろ代打を苦手にしていたが、試合開始からスタメンのつもりで相手投手を分析して配球を読むようになり、さらに右打ちの練習を重ねたことで苦手の変化球を克服したという。

「バットを振らなければ何も起こらない」という信条から代打では特に見逃しを極端に嫌い、積極的に打つ姿勢を見せた[50]。試合前の練習から相手チームの投手の球筋をイメージしてスイングするなど、代打の1打席で結果を出すために入念な準備を怠らなかった[51]。一方で、現役生活の最後まで代打ではなくレギュラーを目指しており、得意ではない走塁や守備にも課題を持って練習に取り組んでいた[51]。現役時代は一貫して外野手登録ではあったが、同時期の広島の外野陣は前田智徳、緒方孝市、金本知憲らが定着していった事もあり、バッテリーと遊撃手を除く全ポジションで先発出場した事がある。

金本知憲とは広島の同期で、入団当時から仲が良かった。町田が阪神移籍後第1号本塁打を放った際には、金本がベンチの誰よりも喜びをあらわにした。

広島時代の1999年6月30日の対横浜ベイスターズ戦(富山市民球場アルペンスタジアム)の5回に東出輝裕の代打として出場し、川村丈夫の初球を左翼ポール際へ本塁打性の打球を放つ。ボールはポールを巻いたように見えたが、三塁塁審の真鍋勝己はファウルという判定。広島首脳陣は約10分間猛抗議したが認められなかった(球審は渡真利克則)。町田は結局空振り三振し、バットを叩き付けて悔しがった。

また、阪神移籍後の2005年5月3日の対広島戦(甲子園球場)では1点ビハインドの9回に走者一塁の場面で代打出場。ジョン・ベイルから左翼ポール際への逆転サヨナラ本塁打かという大飛球を放つも、塁審の上本孝一の判定はファウル。この時も結果は三振だった。

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性別
男性
生年月日
1969年12月11日生まれ

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