清武弘嗣の出身高校

清武弘嗣出身高校
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406位/1982人中(サッカー選手)
性別
男性
生年月日
1989年11月12日生まれ
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清武 弘嗣(きよたけ ひろし、1989年11月12日 - )は大分県大分市出身のサッカー選手。ブンデスリーガ・ハノーファー96所属。日本代表。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。

ロアッソ熊本に在籍している清武功暉は実弟。

3兄弟の次男として生まれ、小学生時代は、父親が監督を務める大分市立明治北小学校サッカークラブでプレーし、大分トリニータのU-15、U-18チームを経てトップチームに昇格。

2008年にトップチームに昇格。1年目からスーパーサブとして出場機会を得て、第20節清水エスパルス戦では、1-2の状況から同点ゴールを決め、これが自身のプロ初得点となった。2009年は、主力選手の怪我人続出もあってレギュラーに定着。チームが低迷する中、23試合に出場して3得点を挙げた。

2010年、大分のJ2降格に伴い高橋大輔、上本大海と共にセレッソ大阪に完全移籍。シーズン序盤は相次ぐ怪我のため出場機会は少なかったが、W杯中断明けからは家長昭博、乾貴士とともに3シャドーを形成し、ドイツに移籍した香川真司の穴を埋める存在としてレギュラーに定着した。

2012年、香川真司の移籍後欠番となっていたセレッソ大阪のエースナンバー背番号8を継承。5月16日、7月1日付けでドイツ・ブンデスリーガの1.FCニュルンベルクへの完全移籍が発表された。

ニュルンベルクでは開幕戦からスタメンに抜擢されると、9月15日のボルシアMG戦では1得点を挙げた他2アシストの成績を残した。この得点はニュルンベルク移籍後初の得点であった。シーズン通してレギュラーとして起用されリーグ4位となる10アシストを記録した。

2013-14シーズンもニュルンベルクのレギュラーとしてプレーしたが、チームは開幕から不振が続き2部降格となってしまった。

2014年7月25日、ハノーファー96への完全移籍が発表された。2014年10月25日、リーグ戦第9節のボルシア・ドルトムント戦で移籍後初得点となる直接FKをきめ、ブンデスリーガ公式のMOMに選出された。2015年3月7日には強豪バイエルン・ミュンヘンを相手に先制点を決め、累計4ゴール目となった。5月23日、チームの1部残留をかけた最終節SCフライブルク戦では先制点を決め、チームの1部残留を勝ち取った。

2015-16シーズンからハノーファーの背番号10を身につけることを発表された。6月11日、日本代表合宿にて右足中足骨を骨折していた事が発表される。9月12日、第4節のボルシア・ドルトムント戦で怪我から復帰した。

2011年8月10日に札幌ドームで行われた韓国戦で前半36分に岡崎慎司に代わりA代表デビューを果たし、2アシストを挙げ、日本代表の勝利に貢献した。9月2日のW杯3次予選の北朝鮮戦では吉田麻也の決勝点をアシストした。また、U-22日本代表として出場したロンドンオリンピック・ アジア地区最終予選では、9月21日の対マレーシア戦(鳥栖スタジアム)で全得点に絡み、日本代表のオリンピック出場獲得に貢献した。この年、Jリーグベストイレブンにも選出された。

2012年8月に開催されたロンドンオリンピックではグループリーグ第2戦モロッコ戦で永井謙佑の決勝点をアシストした。しかし、チームは4位に終わりメダルには届かなかった。

2012年11月14日、2014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選・オマーン戦で代表初得点を決めた。

2014年5月12日にW杯ブラジル大会の日本代表メンバーに選出された。出場機会は第3戦コロンビア戦のみで、後半終了間際の8分のみであった。

2014年12月、AFCアジアカップ2015に臨む日本代表にワールドカップ以来の復帰。大会を通して先発出場する事はなく、チームは準々決勝で敗れた。

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