横山忠夫の出身高校

横山忠夫 プロ野球選手

横山忠夫卒業高校
網走南ヶ丘高校 偏差値 北海道高校偏差値ランキング
プロ野球選手ランキング
2615位 / 4783人中 プロ野球選手別偏差値ランキング
性別
男性
生年月日
1950年1月4日生まれ

横山 忠夫(よこやま ただお、1950年1月4日 - )は、読売ジャイアンツ、ロッテオリオンズに所属した北海道出身の元プロ野球選手(投手)である。1972年にプロ入りし、1978年限りで現役を引退した。

網走南ヶ丘高校では3年生の時(1967年)、第49回全国高校野球選手権大会にチームの主戦として出場したが、被安打12・自責点6という振るわない投球がたたり初戦敗退(0-8大分商業高校)。その初戦では、後に西鉄ライオンズに入団する河原明と投げ合った。その年の秋、サンケイアトムズ(現・東京ヤクルトスワローズ)からドラフト6位で指名されるも入団を拒否し、翌年立教大学に進学した。

同大学の硬式野球部ではエースとして活躍し、1970年秋季東京六大学リーグの対東京大学2回戦では、ノーヒット・ノーランを達成している。六大学リーグでは通算57試合に登板し、16勝26敗、防御率2.91、168奪三振を記録した。

1971年秋、ドラフト1位指名で東京読売巨人軍(読売ジャイアンツ)に入団。1974年10月14日に行われた大学・巨人軍の先輩、長嶋茂雄の現役最終試合(後楽園球場、対中日ドラゴンズ・ダブルヘッダー第2試合)では最後を締めた。長嶋が監督に就任した1975年には、フォークボールを武器に阪神タイガース戦で2度完封勝利を記録するなど、シーズン8勝を挙げ堀内恒夫に次ぐ2番手投手に躍り出た。だが、翌年は不本意な成績に終わり、1977年は一度も1軍に上がる事ができなかった。そしてこの年のオフ、巨人軍から戦力外通告を受け、間もなくロッテオリオンズへ移籍。しかし、オリオンズでは僅か5試合の登板に留まり、翌年のシーズン終了後に引退した。

引退後は、母校である立教大学池袋キャンパスの近くで「立山」といううどん店を営み、現在に至る(店名の由来は自身の姓の捩り。本人曰く「“横”は商売上縁起が悪い文字だから」)。

作家の伊集院静とは立教大学の野球部の同期であり友人同士で、現在も親交がある。

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