松本秀夫の出身高校

松本秀夫 アナウンサー

松本秀夫卒業高校
芝高校 偏差値 東京都高校偏差値ランキング
アナウンサーランキング
1357位 / 1802人中 アナウンサー別偏差値ランキング
性別
男性
生年月日
1961年7月22日生まれ

松本 秀夫(まつもと ひでお、1961年7月22日 - )は、ニッポン放送のアナウンサー。スポーツ実況専門の部署であるスポーツ部に所属している。東京都出身。スポーツ中継では漢字の「松本秀夫」だが、ワイド番組のパーソナリティとしては「松本ひでお」の表記を使用している。

芝中学校・高等学校(生物部魚班所属)、早稲田大学政治経済学部卒業(1年留年)。1985年にニッポン放送入社。元々スポーツアナウンサー志望で、入社時にロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)の番アナウンサーとしてチームの取材を担当していたのが縁で、松本自身もロッテファンとなった。入社5年目に幼馴染の保育士と結婚。のちに東京都大田区にある妻の両親の土地に二世帯住宅を建てたが、現在は東京都内にある松本の家族が暮らしていたマンションの空き部屋を引き取っているため妻とは別々に暮らしている。

スポーツアナウンサーになってから10年ほど、競馬の実況も担当していた。競馬実況デビューは大井競馬場。ナイター競走のトゥインクルレースがスタートした当時、大井競馬場では場内ミニFM放送を行っており、ニッポン放送の関連会社がその制作を請け負っていた関係で、ニッポン放送のアナウンサーがレース実況を担当していた。その後、中央競馬の実況も担当したが、先輩の胡口和雄からは「お前の実況は馬が千鳥足みたいだなぁ」と苦言されたり、リスナーから何枚もの便箋に毛筆書きで実況に対するクレームが来るなど実況の方は安定していなかった。本人もそのことは承知しており、「僕が実況に呼んでもらえるわけないじゃないですか。僕が実況すると馬がみんなこけちゃうんですから」と言っている。その後、ナイターのシーズンオフの番組を担当するようになってからは年間を通じて平日出勤のため、日曜日に放送がある競馬中継には参加できなくなってしまったが、2011年より15年ぶりに競馬実況の仕事を再開することが決定した。復帰後最初の実況は1月9日の中山競馬場12レース(ただしニッポン放送での放送ではなく裏送りでの放送)。その後は特別競走や準メインレース、重賞でないメインレースを担当するようになり、重賞競走では9月25日に産経賞オールカマー(GII)の実況を担当している。

サッカーにはあまり詳しくないものの、2008年の北京オリンピックでは女子サッカー実況を担当することになり、必死でルールを覚えた。その後は不定期ではあるが、Jリーグ RADIOでリポーターを務めることがある。

2008年1月30日に国立代々木競技場で行われる男子ハンドボールアジア予選をラジオ初となる中継の実況アナを担当することが、22日に発表された。ラジオでハンドボールの試合実況放送という前例がないため、29日の女子の試合を担当する洗川雄司アナとともに、資料ビデオなどをかき集めて猛特訓をしていた。また、その特訓している模様が2008年1月25日のフジテレビスーパーニュースで報道された。実況特訓では、27日に毎年ハンドボールの試合実況を担当している、tvkの吉井祥博アナ(訓練までの様子をつづった日記にはYアナと記載されていた)や熊本放送の本田史郎アナウンサーが来て(本田はRKK内HP自身のページ内の写真に松本のサポート役のような形で写真に写っている)洗川アナとともに講義を受けるなど、ハンドボールの実況や実際にハンドボールをしたことがある人物を呼ぶなどの特訓も行っていたようだ。

自他共に認める「おっちょこちょい」と「酒癖の悪さ」が災いして、失敗談には事欠かない。

ハマの大魔神こと佐々木主浩とは取材を通じて公私共に仲良くなり、佐々木は松本の出演する番組へのお祝いのメッセージをよせたり、電話出演をすることも多い。1997年・1998年オフには『佐々木主浩のスポーツキング』という番組を2人で担当。その後、2001年4月より3ヶ月強の間、当時シアトル・マリナーズに所属していた佐々木を追いかけるためアメリカに出張。ここでも様々なエピソードが繰り広げられた。

松本秀夫の関連人物

アナウンサー偏差値ランキング 職業から有名人の出身卒業高校を探す

アナウンサー偏差値ランキング

県別高校偏差値

関東

北関東

関西

北海道/東北

甲信越

東海/北陸

中国

四国

九州・沖縄

おすすめコンテンツ

全国高校偏差値ランキング
職業から有名人の出身高校を探す
有名人の名前から高校を探す

全国自治体別高校偏差値ランキング