東条文博の出身高校

東条文博 プロ野球選手

東条文博卒業高校
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325位 / 4783人中 プロ野球選手別偏差値ランキング
性別
男性
生年月日
1944年7月12日生まれ

東条 文博(とうじょう ふみひろ、1944年7月12日- )は、鹿児島県日置郡出身の元プロ野球選手である。現役時代のポジションは、内野手。

鹿児島実業高校では、三塁手として1961年の夏の甲子園に出場。鹿児島実は甲子園初出場であった。1回戦で中京商の山中巽、林俊彦両投手の継投の前に完封を喫する。卒業後、1963年に南海ホークスへ入団。

だがここでは出場機会に恵まれず、1966年、無徒史朗とともに金銭トレードでサンケイアトムズに移った。同年は二塁手、遊撃手として起用され、54試合に先発出場を果たすが、打撃面で伸び悩み、その後は出場機会が漸減する。

しかし1969年には、西園寺昭夫が故障で離脱した後を受け、レギュラー遊撃手、一番打者の地位を勝ち取る。同年は打撃が開花し、規定打席には届かなかったが打率.320、17盗塁を記録した。チーム名がヤクルトアトムズに変わった1970年には、チーム17連敗を阻止するサヨナラヒットを放つなど130試合フル出場して28盗塁をマークし、盗塁王を獲得。

1975年、ロッテオリオンズに移籍し、同年オフに引退した。

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