日浦孝則の出身高校

日浦孝則 ミュージシャン

日浦孝則卒業高校
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365位 / 829人中 ミュージシャン別偏差値ランキング
性別
男性
生年月日
1960年1月17日生まれ

広島県安芸津町沖に浮かぶ大芝島生まれ。人口が500人余りの小島で現在は本土と橋が架かる。蜜柑栽培などを営む兼業農家に育つ。フォークソングの洗礼を浴びた最後の世代。吉田拓郎に憧れ二光の通信販売でギターを購入、コピーを始めた。広島県立呉三津田高等学校入学後は今度はロックの洗礼を受けエレキギターに持ち替えバンドを結成。高校卒業後、京都の立命館大学理工学部電気工学科に進学。洋楽のコピーを続けたが19歳の時、高校の後輩に誘われ吉田拓郎の篠島のコンサートに行く。5日前に島に行き1番乗りかと勇んだが、整理番号は29番でショックを受けた。このコンサートのドキュメンタリーフィルムにLARKのTシャツを着て出ている。コンサートに感激し日本語の歌を作ろうと決意した。ヤマハのポプコンなど多くのコンテストに出場し25歳で上京。

1987年、テイチクよりソロデビュー。シングル2枚(その2枚目は、メルシャンワインのコマーシャルソング、『隠密・奥の細道』主題歌に起用された『君よ綺麗になれ』である)とアルバム3枚リリース後、再びアマチュアに戻り、コンピュータ会社に就職、会社員をしながらレコード会社に持込を続ける。

1993年4月、33歳のとき、ツインボーカルデュオ「class」として再デビュー。デビュー曲『夏の日の1993』が大ヒット。以降シングル7枚、アルバム6枚をリリース。

1996年解散。ソロとして活動。その他作曲家として、横浜ベイスターズ応援歌『勝利の輝き』などを手掛けた。

2003年夏に「class」を再結成し活動していたが、2008年4月に脱退した。新聞には「家庭の事情で脱退」と書かれていたが、これについては本人が公式サイトにて否定しており、また「脱退」という表現についても「解散したグループだから、抜けるってことは無理でしょ?」と言った内容の発言を行っている。

2008年Vanilla Sky Recordsでの活動を開始。

2009年Vanilla Sky Recordsでの活動が本格化し始め、ライヴツアーやアルバム「心のベル」のリリースなどを行う。

2010年アルバム「俺達がいたあの夏」をリリース、ライブツアーも行う。

2012年現在ニコニコ生放送にてコミュニティを作成(co416264)。ライブ配信を随時行っている。

  ※1曲目に全パートを日浦が歌った『夏の日の1993』が収録されている。

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