平野達男の出身高校

平野達男 議員

平野 達男(ひらの たつお、1954年5月2日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。参議院議員(3期)。

菅第2次改造内閣・野田内閣・野田第1次改造内閣で内閣府特命担当大臣(防災)を務めたほか、復興大臣(初代)、東日本大震災総括担当大臣(野田第1次改造内閣・野田第2次改造内閣・野田第3次改造内閣)、内閣府副大臣(菅第1次改造内閣・菅第2次改造内閣)、参議院農林水産委員長・予算委員長等を歴任。

岩手県北上市生まれ。岩手県立水沢高等学校理数科、東京大学農学部農業工学科卒業。1977年農林省に入省。なお平野が入省した翌年、農林省は農林水産省に改編された。農水省では本省での勤務の他、直轄土地改良事務所での勤務も経験し、技官を務めた。また出生地である岩手県への出向も経験している。在職中、アイオワ州立大学大学院に留学し、修士号を取得。2001年に農水省を退官。

同年、第19回参議院議員通常選挙に自由党公認で岩手県選挙区から出馬し、初当選。2003年の民由合併により、民主党に入党。2007年の第21回参議院議員通常選挙では同党公認で再選。

2010年、簗瀬進参議院予算委員長が第22回参議院議員通常選挙で落選したため、後任の参議院予算委員長に就任した。同年9月、菅第1次改造内閣で内閣府副大臣に任命される(参議院予算委員長の後任は前田武志)。2011年1月発足の菅第2次改造内閣においても再任された。

同年3月11日に発生した東日本大震災を受け、自身も被災した岩手県選出の国会議員であり、かつ内閣府副大臣の立場から震災対応にあたる。同年7月、「東日本大震災からの復興のための施策を政府一体となって推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」を担当する国務大臣であった内閣府特命担当大臣(防災)の松本龍が、7月3日に被災地を訪れた際宮城県知事村井嘉浩、岩手県知事達増拓也らに対して不適切な発言を行い、辞任(松本本人は「体調不良」を理由に辞意を表明)。後任には内閣官房副長官の仙谷由人や、被災地である宮城県選出の安住淳民主党国会対策委員長らの名前が挙がるも、仙谷、安住らが相次いで固辞したため、内閣府副大臣の平野が昇格する形で、松本の後任に任命された。震災発生以降、宮中では節電に取り組んでおり、皇居宮殿の使用を極力減らす方針を取っていたため、平野の認証式は皇居宮殿ではなく御所で行われた。なお平野の後任の内閣府副大臣には、山口壮が任命された。

野田内閣、野田第1次改造内閣においても防災担当相、東日本大震災復興担当相に再任。

2012年2月10日、復興庁の設置に伴い、初代復興大臣に任命される。復興相就任に伴い防災担当相を退任。2月14日より「東日本大震災総括担当大臣」を兼務し、野田第3次改造内閣まで務める。同年12月の第46回衆議院議員総選挙での民主党大敗を受けて野田佳彦首相は退陣し、平野も復興相を退任した。

民主党下野後も、2013年の第23回参議院議員通常選挙に民主党公認で出馬する意向を示していたが、同年3月30日、地元・岩手県で開かれた民主党岩手県総支部連合会における会合で、民主党を離党し無所属で参院選に出馬する意向を表明。民主党に離党届を提出したが、民主党は平野の離党届を受理せず除籍(除名)する方針を固め、4月16日の民主党常任幹事会で平野の除籍が決定。4月23日、参議院の会派「民主党・新緑風会」からも離脱した。第23回参議院議員通常選挙では、岩手県選挙区には平野を含む過去最多の6人が立候補し、古巣の民主党や自由民主党、小沢一郎が代表を務める生活の党も候補者を擁立したが、民主党の一部の地方議員からも支援を受けた平野が他の5候補を破り、3選。

同年7月24日、参議院会派「新党改革」に入会。平野の入会に伴い、同会派は名称を「新党改革・無所属の会」に改めた。

2015年4月、同年に行われる岩手県知事選挙への立候補を表明。しかし8月、「県政ではなく国の安全保障法制の在り方が争点になり、政党間の争いになった。私の本意と大きくかけ離れた状況だ」と述べ出馬を撤回、断念した。

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性別
男性
生年月日
1954年5月2日生まれ

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