冨田康祐の出身高校

冨田康祐 プロ野球選手

冨田 康祐(とみた こうすけ、1988年4月24日 - )は、愛知県西春日井郡西春町(現:北名古屋市)出身のプロ野球選手(投手)。現在はMLBのテキサス・レンジャーズの傘下マイナーリーグ球団に所属している。

愛知県北名古屋市(旧:西春町)出身。野球に興味を持つきっかけとなったのは、父親が「男の子だから」と買い与えた、おもちゃのバットとグローブだった。

小学生時代は、地元のスポーツ少年団(白木ウイングス)に所属し、投手兼捕手で4番。小学校の卒業文集には智辯和歌山に進学し、2年でサードのレギュラーを獲得し甲子園に出場すると書いていた。

中学生時代は、ボーイズリーグの稲沢中央ボーイズ(愛知県稲沢市)に所属すると同時に、学校の野球部にも所属。毎日のランニングと素振りを欠かさず「体力づくり」に専念した。稲沢中央ボーイズでもエースとして活躍した。

中学卒業後、PL学園高へ進学。地元を離れて有名校へ「野球留学」することについて、周囲からは猛反対されて本人もかなり悩んだ。しかし中学校の恩師の後押しもあり進学を決めた。

PL学園高時代は、1年時の秋からベンチ入り。3年時は、前田健太の控え投手兼外野手として第78回選抜高等学校野球大会に出場。8番・中堅手として全試合にスタメン出場。準決勝の清峰高戦では、3番手として登板し1回を無失点に抑えたが、チームは敗退しベスト4に終わる。夏は、大阪府予選準々決勝で東大阪大柏原高に敗れ、選手権大会出場は3年間で果たせなかった。

高校卒業後は、MLB挑戦を検討していたが、最終的に東都大学野球連盟に加盟する青山学院大学に進学した。1年時の春からリーグ戦に出場を果たすも、以後は右肘の故障もあり、通算7試合の登板で1勝1敗に終わった。プロ志望届を提出したが指名漏れとなった。

2011年1月27日、四国アイランドリーグplusの香川オリーブガイナーズに入団。同年は、抑えとしてリーグ戦64試合中48試合に登板。3勝3敗9セーブ、防御率はリーグ2位の1.39をマークし、球団の後期優勝に貢献。リーグの後期MVPに選ばれた。

2011年10月27日、プロ野球ドラフト会議で横浜ベイスターズより育成1位指名を受け、入団した。

2012年は、二軍で10試合の登板で防御率6.00の成績だった。同年11月30日から12月28日にかけて、チームメイトであったランディ・ルイーズからの誘いがきっかけで、プエルトリコで行なわれるウィンターリーグに参加した。

2013年も引き続き育成契約となった。二軍で19試合に登板し、1勝0敗6S防御率1.77の成績を残し、7月29日付で支配下登録された。

2013年1月、香川時代に知り合った女性と結婚し、同年12月1日に結婚式を挙げた。相手の女性は知り合った当時、香川県のケーブルテレビ局でリポーターを務めており、取材を受けたことが交際のきっかけだったという。

2014年は、二軍で20試合に登板し、0勝2敗4S、防御率3.27の成績を残したが、10月3日に戦力外通告を受けた。12月2日に自由契約公示され、12球団合同トライアウトにも参加した。11月にはMLBのテキサス・レンジャーズからマイナー契約のオファーを受けていると報じられた

2015年1月10日に、前年同僚だった高橋尚成のブログでテキサス・レンジャーズへの加入が決まったことが発表され、1月14日に神奈川県内でマイナー契約を結んだ。2015年のシーズンはA-のスポケーン・インディアンス(Spokane Indians、ノースウェストリーグ)に所属し、主に中継ぎで起用されている。

スリークォーターから最速152km/hのストレートとツーシームに加え、スライダー・フォークなどを投げる。

青山学院大学硬式野球部の同期に当時は同大学野球部でマネージャーをしていた三田友梨佳アナウンサー(フジテレビ)がいる。

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性別
男性
生年月日
1988年4月24日生まれ

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