伊東秀子の出身高校

伊東秀子 議員

伊東秀子卒業高校
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性別
女性
生年月日
1943年8月15日生まれ

伊東 秀子(いとう ひでこ、1943年8月15日 - )は、日本の弁護士、元衆議院議員(2期)。満州(現・中国東北部)で出生し鹿児島県で育つ。東京都立戸山高等学校入学後に現在の夫・伊東倫厚と同級生として出会い、共に現役で東京大学文学部へ進学。22歳で大卒後に結婚。伊東自身は東京家庭裁判所調査官、夫は研究者の道へ進む。10年間勤務し夫の北海道大学への転勤に伴い札幌市へ転居。2男1女を育てながら1979年に司法試験に合格し、司法修習34期生となる(同期に1歳下谷垣禎一)。1982年に弁護士登録。1990年総選挙で旧北海道1区で日本社会党公認で竹村泰子の後継者として初出馬し憲政史上最多得票で衆院初当選(ちなみに竹村は北海道知事に転じた伊東の札幌弁護士会の先輩横路孝弘の地盤を継承する形で代議士となったが、1986年の総選挙で落選し89年参議院議員に転じた)。東京佐川急便事件が発覚すると、事件と小沢一郎の関係を追及し社会党反小沢派のホープとして一躍有名になった。1993年再選。1994年4月25日に小沢一郎が「どの女と寝ようがいいじゃないか」と発言すると「女性蔑視である」と小沢を厳しく批判した。また自民党反小沢派のホープだった白川勝彦らと連携し自社さ連立政権誕生に尽力(政権誕生は1994年6月30日)。1995年に自民党反小沢派の急先鋒・佐藤孝行から北海道知事選への立候補を要請され、社会党を離党し除名処分を受けながらも佐藤の要請を受け自民党・自由連合・新党さきがけ推薦で北海道知事選挙出馬したが、横路後継の堀達也に敗北し次点に終わる。1999年・2003年の道知事選にも完全無所属で再出馬したが、1999年は現職の堀に、2003年は新人の高橋はるみに完敗した(当選した堀・高橋はともに自民党・公明党推薦)。なお2003年道知事選の次点は伊東と同じ1990年に社会党公認で総選挙に初当選した鉢呂吉雄である。

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