ダンディ坂野の出身高校

ダンディ坂野出身高校
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308位/405人中(お笑い芸人)
性別
男性
生年月日
1967年1月16日生まれ
血液型
AB型
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ダンディ坂野(ダンディさかの、1967年1月16日 - )は、日本のお笑いタレントである。本名、坂野 賢一(さかの けんいち)。

石川県加賀市出身。サンミュージックプロダクション所属。血液型はAB型。

田原俊彦のようなアイドルに憧れて高校卒業後に上京を模索したものの、その資金がなかったことから、貯めるために地元で働いた後、26歳になった1993年に上京。年齢的な理由とダウンタウンやウッチャンナンチャンがテレビ番組でアイドルと親しげにしていたのを見て、アイドル路線からお笑い芸人路線に方針転換。プロダクション人力舎のスクールJCAに2期生として入学する。漫才コンビ「ラブリン」を結成し、ボケを担当するも、「才能が無い」という理由で留年。一期下の3期生とともに1年間学ぶ。その時の3期生にはアンタッチャブルらがいた。卒業後、同スクールの講師だったブッチャーブラザーズの付き人となる。なお、同期とのジェネレーションギャップを感じていた坂野は、この頃(1996年頃)からピン芸人になることを決める。

1996年、大川興業の舞台『すっとこどっこい』でデビュー。そして、テレビ埼玉の番組『パンドラ御殿』でテレビ初出演。同番組内コーナー『探偵物集(ものたかり)』で、松田優作に扮した寺田体育の日とギャグ対決を繰り広げた。でんでんの芸風を受け継いだ漫談メインのスタイルであるため、第二電電とかけた「第二でんでん」が彼のキャッチフレーズだった。

1999年には、2002年以降のお笑いブームの火付け役となったNHKの番組『爆笑オンエアバトル』の第1回目に出演し、合格している。番組初期の功労者であり出場回数も多いが、オンエア率(合格率)はおよそ3割と低く、当時の番組歴代最多のオフエア回数15回という不名誉な記録も持っていた(後にHi-Hiが16敗で更新)。ただし、オフエアとなったネタも極端にKBが低いわけではなく、オンエア率の高い400KB台でオフエアになった時もあった。2000年6月放送分で当時の自己最高KBである393KBを記録したが、6位でオフエアになったため、司会の森下和哉(NHKアナウンサー)に向かって「超ムカつく!」と嘆いた。ちなみに最高KBは453KBである。オンエア率の低さとは裏腹に、後に番組の枠を超えて人気を博し、彼のブレイクはピン芸人ブームの先駆けとなった。

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ダンディ坂野の評判・つぶやき

  • 耳から血尿

    耳から血尿 5年前

    消えた一発屋芸人たちのネタを思い出すたびにダンディ坂野の強さをひしひしと感じる "
  • Kidz-in

    Kidz-in 5年前

    @yuto1223soccer 思ったんだけど小出さんダンディ坂野に似てる"
  • haruka

    haruka 5年前

    <ぐでたま>ダンディ坂野と「エッグ!」も写真撮影はやる気なし"
  • どうもひっかかるヤフトピ見出しbot

    どうもひっかかるヤフトピ見出しbot 5年前

    ダンディ坂野 今も昔もゲッツ2015年1月5日"
  • 茜屋かいや@チームD

    茜屋かいや@チームD 5年前

    黄色のズボンってヤバクね?wwダンディ坂野?"
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