吉田えりの出身高校

吉田えり プロ野球選手

吉田えり卒業高校
川崎北高校 偏差値 神奈川県高校偏差値ランキング
プロ野球選手ランキング
3656位 / 4783人中 プロ野球選手別偏差値ランキング
性別
男性
生年月日
1992年1月17日生まれ

吉田 えり(よしだ えり、1992年1月17日 - )は、神奈川県横浜市出身のプロ野球選手(投手)。愛称は「ナックル姫」。

神奈川県川崎市生まれ。2つ上の兄の影響で横浜市立北山田小学校2年から野球を始め、横浜市立中川西中学校では軟式野球部で一塁手のレギュラーだった。3年時に部活を引退した後すぐに硬式野球を始め、父親の勧めで投手に転向した。

川崎北高に進学後は硬式野球部に入部したが、右手甲の炎症により5日で退部。男子との体力差を感じるようになったが、テレビで観たティム・ウェイクフィールドに注目し、自身もナックルボールを習得すれば男子と同じ土俵で野球を続けられるのではないかと考え、自宅地下の練習場で練習を続け小指を立ててボールに付けないウェイクフィールド独自の握り方でのナックルを習得。

高校の野球部退部後は社会人野球クラブチームの千葉熱血メイキング、西多摩倶楽部に所属。2008年9月からは女子クラブチームのアサヒトラストでプレーし、同年の全日本女子硬式クラブ野球選手権で3試合に登板した。

2008年11月の関西独立リーグの合同トライアウトに合格し、同リーグのドラフト会議で神戸9クルーズから7巡目で指名を受けた。12月2日に正式契約し、背番号は17となった。日本プロ野球リーグ所属の女子選手としては日本女子野球連盟(1950年 - 1951年)以来の「男性と同一チームでプレーする女性プロ野球選手」となった。

2009年3月27日に関西独立リーグ開幕戦の対大阪ゴールドビリケーンズ戦(京セラドーム大阪)で、9回裏から2番手としてリリーフとして初登板する。同年は先発1試合を含む11試合に登板、11回2/3を投げて0勝2敗、防御率4.63。10月に神戸9クルーズを退団し、「アメリカの球団からオファーがあった場合はそちらを優先する」という条件で12月にジャパン・フューチャーベースボールリーグの三重スリーアローズと入団合意。

2010年1月下旬から3月上旬までアメリカ・アリゾナ州で実施される「アリゾナウィンターリーグ」に参加。独立リーグ・ゴールデンベースボールリーグのチコ・アウトローズの目に留まり、同球団から正式にオファーを受け、一時帰国後に合意。5月7日に再渡米してチコ・アウトローズの入団会見を行い、翌8日からのキャンプに参加。5月29日の対ティフアナ・シマロンズ(メキシコ)戦にて先発し、公式戦初出場を果たした。3回を投げて5安打4失点であったが、打撃成績では初回第1打席満塁のチャンスで145 km/hの速球をライト前に打ち返し、初出場・初打席で初安打と初打点を記録した。この試合で使用したユニフォームとバットはニューヨーク州クーパーズタウンの野球殿堂に展示された。また所属するチコ・アウトローズの好意で、インターネットテレビJustin.tvで公式戦動画が配信された。この効果もあるが、小柄な身体で戦う姿に『ニューヨーク・タイムズ』紙もスポーツ面のトップに写真付きで吉田の記事を掲載するなど注目を集めた。一方でこの年の公式戦記録は先発で8試合登板、25回2/3を投げて0勝4敗、防御率は12.27と目立った活躍を見せることができず、特に被安打数の34を越える36四死球を与えるなど制球が安定しなかった。

2011年、前年に続きアリゾナ・ウィンターリーグに参加するも結果を残せず、リーグ終了後のドラフトでは指名がかからずに帰国。その後、4月11日より関西独立リーグの兵庫ブルーサンダーズに練習生として参加した後[7]、6・7月にアメリカで行なわれるサマーリーグに日本人単独チーム「サムライ ALL JAPAN」のメンバーとして挑戦し、6月27日に「サムライ ALL Japan」で初勝利を挙げた[8]。7月20日、古巣のチコ・アウトローズに復帰したが[9]、その直後の7月28日、チコと同リーグのマウイ・イカイカにトレードされた[10]。8月9日に対エドモントン・キャピタルズ戦にてリーグ初勝利を挙げ、アイラ・ボーダーズに続き米独立リーグの女子選手として2人目の勝利投手となった[11]。しかし、財政難に陥っていたマウイが8月16日にこのシーズンの残り試合を中止したことに伴い、選手も全員自由契約となったため[12]、同24日に日本に帰国した[13]。

2012年1月31日、プロ入り以来3年ぶりに関西独立リーグの兵庫ブルーサンダーズに入団[14]。5月3日の対紀州レンジャーズ戦において、5回1失点で初勝利、関西独立リーグ初の女性勝利投手となった[15]。

6月からマウイに所属し、9日に8回途中2失点で勝利[16]、契約満了に伴い9月から兵庫に再度所属[17]。

2013年は、アメリカの独立リーグ・パシフィック・アソシエーションのマウイ・イカイカでプレーし、10試合に先発して2勝4敗、防御率5.98であった[18]。その後パシフィック・アソシエーションが8月20日ごろで終了するため、2013年8月17日金沢市内で記者会見を行い、BCリーグに所属する石川ミリオンスターズに入団することを発表した[18]。

2014年のシーズンは1年間石川ミリオンスターズでプレーし、11試合に登板し、0勝3敗防御率13.29の成績だった。

2015年より、背番号が21から49へ変更となる。同年6月29日、金沢市民球場で行なわれた対富山GRNサンダーバーズ戦において、延長10回の表に登板し無失点で切り抜け、その裏に石川がサヨナラ勝ちしたため、BCリーグ移籍後初勝利(BCリーグ史上初の女性選手の勝利)を挙げた。

サイドスローから、最速101 km/hのストレートと80 km/h台のナックルボールとカーブを投げる。遠投70m。50m走は8秒。

2011年からは投球フォームをスリークォーターに変更した。

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